大判例

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大津地方裁判所 平成12年(わ)172号 判決 2000年11月21日

主文

被告人吉田博茂を懲役三年に、被告人吉田えつ子を懲役二年六月に各処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各二〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人吉田えつ子に対し、この裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中同被告人を保護観察に付する。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人両名は、共謀の上、平成一一年七月二二日午後九時五〇分ころ、滋賀県東浅井郡虎姫町大字五村一七九番地の四所在の虎姫町役場駐車場において、同所に駐車中の八木ひとみ所有の普通乗用自動車にガソリン約一・四五リットルをかけ、ガスライターでこれに点火して放火し、よって、同自動車の左テールランプカバー及びリアバンパーの一部等を焼損し、そのまま放置すれば、同駐車場に駐車中の他の自動車等に延焼するおそれのある状態を発生させ、もって、公共の危険を生じさせ

第二  被告人吉田博茂は、同年一二月一一日午前二時三〇分ころ、同町大字五村八八番地所在の虎姫町立虎姫小学校職員室において、同校校長三浦了祥(当時五九歳)に対し、右手で同人の着衣の襟をつかんで引っ張る暴行を加え

第三  被告人吉田えつ子は、

一  前記第二記載の日時ころ、同記載の場所において、前記三浦に対し、「証拠なしに消すことができるんやで。」と申し向け、もって、同人の生命等に害を加える旨を告知して脅迫し

二  同月一三日午前八時五〇分ころ、前記小学校校長室において、同校教諭杉本義明(当時三九歳)に対し、スリッパで同人の頭部を一回殴打する暴行を加え

第四  被告人吉田博茂は、同月一四日午後四時ころ、前記小学校職員室において、同校教諭伊部月征(当時四〇歳)に対し、右手で同人の着衣の襟をつかみ約四・八メートル引きずる暴行を加え

第五  被告人吉田えつ子は、同日午後四時三〇分ころ、同所において、同校教諭杉本義明(当時三九歳)に対し、右手で同人の頭部を一回殴打する暴行を加え

第六  被告人両名は、共謀の上、平成一二年一月一四日午後零時四〇分ころ、同郡びわ町大字川道三四五六番地所在のびわ町立びわ南小学校駐車場において、同所に駐車中の伊部加代所有の普通乗用自動車にガソリン約一・四五リットルをかけ、ガスライターでこれに点火して放火し、よって、同自動車を全焼し、そのまま放置すれば、同駐車場に駐車中の他の自動車や同小学校校舎に延焼するおそれのある状態を発生させ、もって、公共の危険を生じさせ

第七  被告人吉田えつ子は、同月三一日午後四時二五分ころ、同郡虎姫町大字柿ノ木一二番地所在の同被告人方において、前記虎姫小学校校長室に電話を掛け、前記三浦(当時六〇歳)に対し、「お前なー証拠なしでなー姿消してもうたるぞー。」と怒号し、もって、同人の生命等に害を加える旨を告知して脅迫し

たものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人吉田博茂の判示第一及び第六の所為はいずれも刑法六〇条、一一〇条一項に、判示第二及び第四の所為はいずれも同法二〇八条にそれぞれ該当するところ、判示第二及び第四の罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第六の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して同被告人に負担させないこととする。

被告人吉田えつ子の判示第一及び第六の所為はいずれも刑法六〇条、一一〇条一項に、判示第三の一及び第七の所為はいずれも同法二二二条一項に、判示第三の二及び第五の所為はいずれも同法二〇八条にそれぞれ該当するところ、判示第三の一及び二、第五並びに第七の罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第六の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二第一項前段を適用して同被告人を右猶予の期間中保護観察に付することとする。

(量刑の理由)

本件は、夫婦である被告人両名が、平成一一年六月ころから、虎姫小学校五年生であった長女の担任の女性教諭が、長女と他の児童との間のトラブルについて長女に対してのみ注意したことなどを理由に長女を不当に扱っているとして同教諭に憤懣を募らせていたところ、<1> 同年七月、被告人えつ子が同教諭の車に放火する旨言い出し、被告人博茂もこれを了解し、二人で同教諭の車両の所在を数回下見するなどして犯行の機会を窺い、犯行当日夜、同小学校に隣接する駐車場に駐車中の右車両を確認して一旦帰宅した上、被告人博茂一人が予め購入したポンプで車からガソリン約一・四五リットルをぺットボトルに移し替えて再度右駐車場に赴き、右車両にガソリンをかけてライターで点火し、同車の一部を焼損し、他の自動車にも延焼する危険を生じさせ(判示第一事実)、さらに、同年一二月上旬、長女と他の児童との間のけんかについて、長女の方がけんかを仕掛けた旨の男性教諭の説明に納得せず、同小学校において、未明まで、同校校長らに長女の正当性を執拗に主張していたところ、<2> 被告人博茂は、同校長の態度に立腹し、同人の着衣の襟をつかんで引っ張る暴行を加え(判示第二事実)、<3> その際、被告人えつ子は、同校長に対し、「証拠なしに消すことができるんやで。」と申し向けて脅迫し(判示第三の一事実)、さらに、<4> その翌々日の朝、被告人えつ子は、同小学校に赴いて同校の他の教諭を呼び出して因縁をつけ、スリッパで同教諭の頭部を一回殴打する暴行を加え(判示第三の二事実)、さらに、その翌日午後四時ころ、被告人両名は、同小学校職員室に赴き、<5> 被告人博茂は、前記男性教諭に対し、「お前だけは外に出え。カタつけたる。」などと怒鳴りつけ、同教諭の着衣の襟をつかんで引きずる暴行を加え(判示第四事実)、<6> 被告人えつ子は、その場にいた同校の他の教諭に因縁をつけ、その頭部を一回殴打する暴行を加え(判示第五事実)、その後も、被告人両名は前記男性教諭に対する憤懣を募らせ、<7> 平成一二年一月、被告人博茂が同教諭の車両に放火する旨言い出し、同教諭の車両を下見したものの、犯行の機会がなく、被告人えつ子が同教諭の妻の車両を狙うことを教示し、二人で深夜に同教諭宅に赴いて右妻の車両を確認し、同妻の勤務するびわ南小学校を数回下見するなどし、犯行当日同校駐車場に駐車中の右車両を確認し、給食時間帯に犯行に及ぶことにして一旦帰宅した上、被告人博茂一人が前記<1>と同様の方法で右車両を全焼させ、他の自動車や同校校舎に延焼する危険を生じさせ(判示第六事実)、さらに、<8> 被告人えつ子は、前記校長の長女に対する接し方に不満を抱き、虎姫小学校校長室に電話を掛け、「お前なー証拠なしでなー姿消してもうたるぞー。」と怒号して脅迫した(判示第七事実)という事案である。

被告人両名は、本件犯行の発端となる二回の長女のトラブルについて、虎姫小学校教諭らに特に不適切な対応をした点は見当たらないにもかかわらず、当初から長女の正当性を一方的に主張することに終始して憤懣を募らせ、同校教諭らに対して暴力等に訴えて自己の主張、要求を押し通そうとし、あるいは同校教諭ら及びその家族の財産にまで危害を及ぼして懲らしめようとするものであって、犯行の動機は自己中心的で酌むべき点はない。その犯行態様についてみても、暴行、脅迫については余りに執拗で常軌を逸しているというほかなく、車両に対する放火の犯行は、人目につかないよう連日のように車両を下見して犯行の機会を窺い、予め自動車からガソリンを抜き取るためのポンプを準備した上、二人とも逮捕される事態を免れるため被告人博茂のみを実行担当者としてガソリンを撒いて犯行に及び、殊に<7>の犯行は、被告人博茂がアリバイ工作までするなど周到な計画の上敢行されたものであって、いずれも延焼等の重大な結果を招きかねない危険で悪質な犯行である。

被告人らの六か月余りにまたがる本件一連の犯行の結果、標的にされた前記小学校教諭ら及びその家族は、心労のために入院や休職を余儀なくさせられ、外出を控えて自宅の防犯、警備要請等をして警戒し、現在も被告人らの報復を怖れているなどその被った恐怖心等の精神的苦痛は尋常なものではない。前記<1>、<7>の犯行は、消火が遅れれば自動車のガソリンタンクに引火して爆発する危険性もあったのであり、消火活動に当たった者や付近住民にも恐怖、不安を与えている。また、前記小学校は授業を担当する教諭を変更するなど学校全体の運営にも支障を来したものであり、本件犯行が教育現場を混乱に陥れた点も軽視できない。前記<1>、<7>の被害車両の所有者らやその余の犯行の被害者は、被告人らから慰藉料の支払等の措置を受けておらず、被告人らに厳しい処罰を求めているのも当然である。このような事情を考慮すると、被告人両名の刑事責任は重大である。

他方、同和地区出身者として社会的差別を受けてきたという意識を背景として子供らに対する不当な扱いを絶対に許さないとする親としての愛情が被告人両名の罹患していた精神疾患と相俟って本件一連の犯行に駆り立てたとみる余地があること、前記<1>、<7>の被害車両の損害についてはいずれも保険金が支払われたことなど被告人両名にとって酌むべき事情もある。

そして、被告人両名間の刑責については、被告人博茂は、被告人えつ子から犯意を焚き付けられた面も否定できないものの、自ら前記小学校教諭らに抱いた憤懣を晴らすため、前記<1>、<7>の放火を自ら積極的に単独で実行していること、その余の暴行事案についても、現場で率先して犯行に及んでおり、執行猶予期間中(平成八年一一月二二日宣告、懲役二年六月、五年間刑執行猶予)の犯行であって、規範意識の欠如が著しく、その刑事責任は重大である。そうすると、前述のような被告人博茂にとって酌むべき事情及び右執行猶予の取消があることをできる限り考慮しても、主文のとおりの実刑はやむを得ないというべきである。

また、被告人えつ子は、前記<1>の放火事案を発案し、前記<7>の放火事案についても被害車両を狙うことを教示し、下見、準備等に積極的に関与し、いずれも実行犯ではないものの、その果たした役割は大きい。その余の暴行、脅迫事案についても、悪辣な脅迫文言を用いたり、暴行を一人で敢行したりするなど積極的である上、被告人博茂を本件一連の犯行に駆り立てた側面もある。そうすると、被告人えつ子の刑事責任も重大といわざるを得ず、当然実刑を考慮するべきである。しかしながら、本件中最も重大な前記<1>、<7>の放火事案についてみると、被告人えつ子は、被告人博茂を駆り立てた側面はあるものの、乗用車のガソリンタンクからペットボトルにガソリンを移し替え、それを現場まで運び、周囲をうかがったうえ、ぺットボトルのガソリンを車両に撒布し、自己の衣服に着火しないようにしながら慎重にライターで点火するという実質的に危険かつ悪質な行為は被告人博茂がもっぱら単独で行った点、被告人えつ子と被告人博茂の間に指揮命令関係があったとまでは認められず、現に<7>の犯行は、被告人博茂の発案が契機となった点をそれぞれ考慮すると行為の客観的側面において両者に大きな差異が認められること、被告人えつ子にはこれまで罰金以外の前科はないこと、本件により約一〇か月余の身柄拘束を受けたこと、今後は現在の住居地を離れ、被害者らに対しても面談ないし迷惑行為等はしない旨誓約しており、放火事案の被害者らに対しては謝罪文を送付するなど一定の慰藉の措置を講じていること、また、前記のとおり被告人博茂が長期間服役することになれば、幼児を含む被告人ら夫婦の子供四人の監護養育のためには母親である被告人えつ子の存在が必要であり、同人も子供たちのことを考え二度と今回のようなことは繰返さない旨誓約していること、同人の再犯防止ないし更生に向けて実母が被告人えつ子を引き取って監督し、精神病院に通院させることを確約していることなど、被告人えつ子にとって酌むべき事情も認めることができ、これらの事情を考慮すると、被告人えつ子に対しては、今回に限り、保護観察に付する条件で五年間刑の執行を猶予し、社会内における更生の機会を与えるのを相当と認め、主文のとおり量定した。

(求刑 被告人両名―懲役五年)

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